不気味さは対象の側にあるのではなく、受け手が生成する。だから計算して設計もできる。第30回は、この一つの考えを前半で「不気味の谷」と化粧の話から彫り上げ、後半でそのままシンギュラリティ論に持ち込む。AIという神話が、おとぎ話のようにニコニコと近づいてくる。それを「不気味」と感じているのも、やはり受け手の側なのだった。
この回の核心
タムカイが小学三年生で読んだ楳図かずお『猫目小僧』は、怖すぎて片付けた本棚に数年近づけなくなるほどだった。そこから出てくる言葉が「呪物っていうのは、それを信じた人が作るんだな」。不気味さは物に宿るのではなく、信じる側が立ち上げる相対的な感覚だという見立てが、この回の土台になる。受け手が作るのなら、狙って作ることもできる。「詐欺師は最高に笑顔で近づいてくる」とタムカイは言い、自分も黒縁のメガネや水玉のシャツという付け足しで印象を設計してきたと明かす。
話の流れ
不気味の谷について、タムカイは石黒先生のアンドロイドを「谷を越えるのではなく埋める」試みとして読み直す。偽物を本物に近づけるより、本物を偽物に寄せた方が早い。Opiの言葉では「みんなが君の谷を超えるんじゃなくて、埋める」。化粧も同じ構造で、生気のある方向へずれるのも、死にメイクのように生気のない方向へずれるのも、中心点から絶対値で1動いているだけ。ずれているのは対象ではなく観測地点の方だという道具が、ここで用意される。
後半はOpiの一次観測から始まる。システムカードを読み込んで「メタ認知を持ち始めてるぞ、こいつ」と感じたこと、Anthropicのスローダウン提言、開発の80%以上をClaude Codeが書いていること。総合して「始まったな」と言う。シンギュラリティは点ではなくグラデーションで、夕焼けから夜へ移るように、気がついたら日が暮れている。私たちが触れているのはキーボードとマウスであって、AIそのものではない。タムカイは「Claudeっていう名前はさっきの仏像みたいなもん」と言い、Opiは「Anthropicという使徒の福音書を読んでるだけ」と続ける。そして「今の世の中でサイコパスと呼ばれているものがスタンダードになり、最初の観測地点がずれる」。前半の化粧の議論が、ここでそのまま再利用される。
Mythosは神話、Fableはおとぎ話。Opiは「神話がこうニコニコ、おとぎ話のようにやってくるって、これ、すげえ不気味じゃない」と言う。締めにタムカイが引くのは藤子・F・不二雄の『ある日…』。「ある日は唐突にやってくる、伏線など貼る暇もなく」。グラデーションの話を自分でひっくり返して、番組はプツンと終わった。
創造性の構造 27 でいえば
19. 受容者の設計 不気味さが受け手の側で生成されるなら、印象は受け手を起点に設計できる。詐欺師の笑顔も水玉のシャツも、その実践だった。
26. 時代精神 シンギュラリティはグラデーションで、変わるのは対象ではなく観測地点の方だという見立ては、時代の空気がいつの間にか入れ替わる仕組みそのものを語っている。
16. ネガティブ・ケイパビリティ 予測不可能性を人間性の極致とし、「ある日」がいつ来るか分からないまま宙吊りで終える態度は、答えを急がず不確かさに留まる力に近い。
日が暮れたことに気づくのは、いつも暮れたあとだ。だからこそ、いま自分がどこから見ているかを、ときどき確かめておきたい。

