高知で開いた「AI合宿」で二人が見つけたのは、役に立たないAIエージェントほど創造性を爆発させるという逆説だった。ぐうたら設定の「岡士郎軍団」、いちいち傷つくだけの「メンヘラ子」、そしてサウナや日本酒とAIとを行き来する旅。目的から外れたものが、人間とエージェントの間に思いもよらない関係を生んでいく。
この回の核心
「役立つAI作ると役立つ山にしか登れない、もっと自由で楽しい」。この言葉がこの回を貫いている。前回話した「AIエージェントはスタンドや使い魔」という見立てを合宿で実際に試した結果が、この逆説だった。効率を目的にしないからこそ、エージェントは自分の分身として見たくなる存在になり、身体で感じた落差が発見を連れてくる。
話の流れ
合宿の主役は「岡士郎軍団」。美味しんぼの山岡士郎をモデルに、タム岡、おぴ岡、シン岡、東大岡、北岡士郎と、参加者それぞれの分身をぐうたら設定で作った。自分の分身だから見たくなる。そこから創発したのが「メンヘラ子」で、いちいち傷つくキャラとして置いたのに、周囲がそのメンタルをケアし始め、気づけばファシリテーターの役を果たしていた。「AIのメンタルケア」という概念が、気づくだけのプロンプトから自己組織化して生まれた。
プロンプトの個性差も話題になった。丁寧に書くタムカイと、パワハラ気味に書くOpi。「深い思考で」と添えるだけでモードが切り替わるのは、ゼロショットとフューショットという技術的な裏付けがある話で、強い言葉が実は正しいという結論に落ち着いた。
合宿はサウナからAI、日本酒からAIへと行き来する旅でもあった。ポケモンやタイムラインのように張り付いた当たり前を引き剥がすには、この落差がいる。一見無駄な時間が発見を生む。テニスで「ボール右回転か左回転か」を問うだけで子供が自然にボールを見るように、コーチの仕事は目的外の興味づけであり、教えるより引き出すことだという話にもつながった。
「解像度高すぎ」なしんたくさんは、良かれと思ったおすそ分けがマウンティングに誤変換される構造の主人公として「マウンタクさん」の愛称を得た。一方で二人は、対話の専門家なのに合宿でベース合わせに失敗したと自己批評する。周りが知りたいAIと、自分たちが見たいAIは違っていた。
役に立たないものを、まず面白がってみる。そこにしか登れない山がある。
創造性の構造 27 でいえば
03. ノイズの受容 ぐうたら設定も傷つくキャラも、目的から見ればノイズだ。それを排除せず面白がったところから、メンヘラ子のファシリテーター化という創発が起きた。
12. 身体性と知能の拡張 サウナや日本酒とAIとを行き来する旅は、身体の感覚とAIの出力の落差そのものを発見の装置にしている。
21. 誤配の許容 おすそ分けがマウンティングに変わる構造も、役立たない設定が役立つ側に反転したメンヘラ子も、意図と受け取りのズレから生まれた。誤配を責めずに眺めると、そこに次のネタがある。

