創造性は仕事の中だけでなく、生活の中にも発露する。第4回の核はそこにある。大里Pが下書きのまま送ってきた編集後記、八丈島の運動会とPTA広報誌、コロナ後に厳しくなった祭りのレギュレーション、娘が先輩に書いた手紙、引き出しに常備された500枚のコピー用紙。話題はばらばらに見えて、どれも「失敗できなさ」が覆う時代に、それでも人が何かを作ってしまう場面の記録だった。
この回の核心
タムカイが取り出した言葉は「失敗できなさ」だった。広報誌で「うちの子だけいなかった」を避けるために全員が少しずつ写真を出すと、餅まきの「焼いた餅」のように、本当に欲しかったものではないものができてしまう。SNSの炎上は「ずーっと熾火がどっかで燃えてて、風が吹いたらなんかそこまで全部火が繋がる」状態になり、個人で何かやってみようとする時にも怖さが来る。では「世の中も関係ないわって動けるやつが強くなる」のか。Opiの答えは逆で、今は「何も考えずに突き進んでいくやつ、害悪」だと思うようになったと言う。挑戦の意味そのものが変わっている。それでも生活の中では創造性が勝手に出てしまう。Opiの「子育てって究極の創造性の発揮ですよね」という一言が、もう一つの軸になった。
話の流れ
始まりは大里Pの編集後記だった。第2回の後記が「下書き状態、プレビュー状態」で届き、「ここのつなぎ考える」と書いてある。タムカイはそれを「お手紙みたいなところがちょっとある」と受け取り、Opiは「半身内から聞くことってないじゃないですか」と、二人が求めていたものはこれだったと気づく。悩む感じが一番エモいという話から、途中段階を見せられない作り手の怖さへつながる。相槌の話も挟まる。映像のインタビュー収録では相槌を打ってはいけない職業病で、Opiは1回目に全然相槌を打っていなかった。自分の相槌だけカットして見栄えを良くする「熾烈な手段」の告白に、タムカイは逆に「相槌多すぎたかな」と反省する。
後半は生活の話になる。八丈島の運動会はゴミの収集も止まる島を挙げての祭りで、地区リレーのために父親たちが1週間前から練習を始める。PTA広報誌では、スマホしか持たない人たちがGoogleスライドで共同編集しようとし、LINEで圧縮された画像が貼られていく。プロとして口を出せばハレーションになるので、Opiは苦労を自分で引き受ける方を選ぶ。そして言葉の話へ。プロンプト次第でAIの性能が変わるから、日本語能力の高い人が有利になるだろうとOpiは言う。タムカイの娘は先輩への手紙をボールペンで、下書きまでしてカード一面に書いた。「お父さん、紙」と言えば紙が出てくる家で、引き出しには一番高級なコピー用紙が500枚入っている。Opiに「冷静に考えたら頭おかしいじゃないですか」と言われ、タムカイは「えっ、普通じゃないですか」と返す。Opiの家では小2の子がロイロノートで毎日500文字以上を先生に書き、嫁には「普通の生活でいちいち本気にならないでくれる」と言われる。
創造性の構造 27 でいえば
10. 制約の創造性 レギュレーションと失敗できなさは創造を萎縮させる制約だが、「調べろや」の時代の挑戦は制約を無視することではなく、制約を知った上で動くことになる。
05. 初期衝動の純度 引き出しの500枚は、書きたいと思った瞬間に紙がある環境で、衝動を薄れさせないための家の設計といえる。
25. 暗黙知の形式化 「ここのつなぎ考える」と残った下書きの編集後記は、思考の流れがそのまま見える形式化で、完成品より多くを伝えた。
失敗できない時代に、それでも生活の中でつい本気になってしまう。その本気が、創造性の発露なのだと思う。

