タムカイが八丈島に飛び、24時間続く島太鼓のイベントでバチを握った。この回で見えてきたのは、創造性には二つの入口があるということ。下打ちの決まったリズムの上で、その時の気分を自由に打つ「制約の中の即興」。そして、初めてのカラオケのように緊張しながら、それでも太鼓の前に立つ「一歩踏み出す」創造性。大人になるほど「傷つきたくない」が表現を止める。二人はそのブロックの正体と、越えたあとに残るものを語った。
この回の核心
Opiが太鼓マスターから教わった八丈太鼓の形は、ジャズに近い。下打ちがコード進行のように一定のリズムを刻み、上打ちがその上で自由に打つ。「頭でこのフレーズをやろうとするとうまくいかないのよ」とOpiは言う。下打ちのリズムを体で感じ取れているときは、適当にやっていてもそれなりにいい感じになる。考え抜いて出す創造性とは別の、即興で生まれる創造性がここにある。
タムカイが感じたのはもう一つの方向だった。「ちょっと怖いけど、まあ表現してみる、舞台に立ってみるみたいな、その1本踏み出しの創造性」。自分は創造的ではないと言うとき、謙遜だけでなく「傷つきたくない」「恥ずかしい思いをしたくない」が大きく働いている。
話の流れ
空港に着いたタムカイは、バチより先に赤色灯とトランシーバーを渡され、駐車場の交通誘導に立つ。片方ずつしか喋れないトランシーバーで、イベントの輪郭を掴んでいく。今回で16回目。太鼓マスターが、もっとみんなに叩いて知ってほしいと始めた24時間チャレンジだった。島では太鼓は「スナックのカラオケみたいなもの」で、叩けないと言うのは、飲み会で歌えないと言うのに当たる。
回し打ちの列に並ぶ気持ちは「初めてカラオケを歌った時の緊張感」だった。目の前で高校生がかっこよく打つ。いざ叩くと、バチを振る動きの起こりとドンの瞬間がずれる。タムカイはこれを、ラクガキ講座を作るときに左手で描いてみた体験と重ねる。ずっと観察し、自分ならどうするか想像していても、「本当に表現してみないと分かんないことがめっちゃあって」。
そして「めっちゃ楽しかったし、めっちゃやってよかったんですけど、あの、めっちゃ傷ついたんですよね」。受け手として鍛えられた目が、自分のズレをはっきり見せてしまう。Opiは「ズレも含めて表現」と返す。ジャストで叩けるだけなら太鼓の達人だと言われてしまう。2歳の子が緊張なく叩き、みんなが「わー」と言う光景と、大人の恥ずかしさが対比される。夜中の2時、酒と疲労で守りたい理性がほどける頃、24時間太鼓はクラブイベントに近づく。来年は2026年12月12日と13日、大里Pも一緒に叩く約束で締まった。
創造性の構造 27 でいえば
17. 即興性がこの回の背骨になる。頭でフレーズを組むと失敗し、体でリズムを感じているときにいい感じになるという、考える創造性とは別の回路が語られた。
10. 制約の創造性は、下打ちという枠があるからこそ上打ちが自由になれる構造そのもの。観光客が練習がてら打てるのも、この枠のおかげだった。
12. 身体性と知能の拡張は、クリックのように即応しないバチのズレと、観察と想像だけでは届かない「表現してみて分かる」ことに現れている。
迷ったら、一生思い出話にできる方へ。叩かなかった八丈島は、たぶん思い出にはならない。

