2025年、八丈島を50年ぶりの台風が直撃し、電気も水道も通信も全島で止まった。その渦中にいたOpiが語ったのは、被災の悲惨さではなく、クーラーボックスやサラダ油で暮らしを立て直していく「小さな工夫」の話だった。クリエイティブは大層なものではない。この状況でも快適に過ごしてみせるという執念が、工夫を思い出させ、思いつかせる。創造性は、状況への応答として立ち上がる。
この回の核心
「クリエイティブって割と大きく捉えられがちじゃないですか」とOpiは言う。電気がないからクーラーボックスに氷を入れ、段違いの土台を作れば排水口から鍋に水が汲める。漁協の氷はジップロックへ、雨水は漬物樽へ、夜はサラダ油ランタン。タムカイはその源を「快適に暮らしたいんだと、この状況であってもっていう強い執念というか、信念みたいなもの」と言い当てた。Opiの構えは「谷底でも楽しく暮らすぞ」。明太バターうどん、たこ焼き、豚骨豆乳ラーメン。カップ麺ばかりではメンタルが削られるから、ご飯を明るく楽しくする。被災者なのかキャンプ者なのか分からない食卓が、そこにあった。
話の流れ
サラダ油ランタンは、東日本大震災のとき、電気が通っている状態で「面白そう、ちょっとやってみよう」と試したものだった。「電気もネットも止まると、あれどうやってやるんだっけって調べられない。だから1回やってみるっていうのはすげえ大事だね」。タムカイは「僕は見たことはあるがやったことないの人」と自分を置く。
タムカイの問いから、出てきたアイディアの多くが「当たり前っちゃ当たり前」だったことも見えてくる。クリップの使い方をいっぱい挙げる創造性テストとは方向が逆で、「水を集めるべきだ」という絞り込みが先にある。Opiはこれを受け身系アイディアと閃き系アイディアと呼び分けた。大里Pがチャットで絞り込みは多くの人に難しいと投げると、Opiはサバイバル系漫画を読めばいいと返す。
停電の夜は子どもに落語を聞かせた。まんじゅう怖いを6人の噺家で聞き比べ、「この時間になるともう火しかねえから」という江戸の暮らしが小2の子に自然に通じる。タムカイはこれを「コンテンツを先に、コンテクストが後からくる」紐付け力と見た。タムカイ自身の反省も出た。「去年までの八丈島の見え方と今年の見え方はやっぱ違うんですよね」。知ってる人がいるから関心が動く。Opiは「趣味として心を痛めればいい」と返す。全部に心を痛めていたら持たない。
創造性の構造 27 でいえば
09. ブリコラージュ は、この回の工夫そのものだ。誰も手に取らない冷凍タコと揚げ玉から、たこ焼きを見出す。手元にあるものから何ができるかを考える、順番の逆転が起きていた。
25. 暗黙知の形式化 は「1回やってみる」の話に重なる。検索できる知識は電気が止まれば消えるが、身体に入った知識は残る。
10. 制約の創造性 は、停電を江戸時代の体験に変えた視点に通じる。電気がないという制約が、火だけの夜と落語の聞き比べという、普段は得られない体験を生んだ。
快適に生きたいという小さな執念が、危機の中で創造性を立ち上げる。それは特別な才能ではなく、暮らしの中で誰もが持っているものだ。

